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SOAで変化に強いSCMシステムを作る 業務・取引の変更にすばやく対応

日経BP社 日経ITプロフェッショナル 4月号掲載

林 浩一/村上 歴
2006年03月01日
※内容は公開当時のものです

企業情報システムは,業務の変化に素早く対応する「変化への強さ」が求められるようになった。変化への強さを実現する技術として注目されているのがSOA(サービス指向アーキテクチャ)である。SCM(サプライチェーン管理)に適用したSOAの実践例を解説する。

SOAが可能にする変化への強さ

ITの急速な進歩とそれに伴う企業内ITインフラの刷新が進む中で,企業情報システムには業務の変化に迅速に対応する「変化への強さ」が求められるようになった。これはシステム構築時に不可欠の要件として,今後ますます認識されるようになるだろう。この背景には,経営側からシステム側への2種類の要求が強まっていることがある。

1つは,システム構築にかかる莫大な投資を回収するために,一度作ったシステムをできるだけ長く使い続けたいという要求である。どんなに最新の技術を導入してシステムを構築したとしても,時間とともに時代遅れになることは避けられない。昨今の技術進歩の速度からすると,仕様を決めた時点で陳腐化が始まっているといっても過言ではない。技術が変化してもなるべく使い続けられるようにしておく必要がある。

もう1つは,ビジネスの変化に伴うシステムの変更に,素早く対応したいという要求である。取引先の拡大,新製品の導入,部署の統廃合といった変化は,ビジネスを進めていく上で絶えず発生する。こうした変化の多くは,今日,システムへの変更なしにはできなくなっている。システムが足かせとなって,ビジネス上の意思決定の機会を逃すわけにはいかない。

こうした変化への対応力を実現するために,注目されているのがSOA( Service Oriented Architecture:サービス指向アーキテクチャ)である。SOAとは「ソフトウエアをネットワーク上の配置や実装に依存しないサービスという単位で用意しておき,複数のサービスの連携によって処理を行うソフトウエア設計の考え方」(注1)である。SOAを活用すれば,次の2つのメリットが得られる。

(1)実装に依存しないので,既存資産の有効活用が可能になる。

(2)サービスの組み合わせでシステムを変更でき,さらにシステム変更の影響範囲が局所的になるので,業務上の変化にシステムが容易に対応できる。

図1

SOAの考え方自体は古くからあるが,前述の経営側からシステム側への2種類の要求に応えられる方法として,SOAがにわかに注目を集めるようになった。本稿では,SOAのコンセプトの下に当社が設計・実装を行った,流通業の企業間電子商取引(BtoB)のためのサプライチェーン管理(SCM)システムを紹介する。業務の変化を見切り,変化に備えるシステムを作るためのSOAの適用指針も示す。

設計時には,流通にかかわる小売りや卸,メーカーなどの各企業の業務を深く分析し,業務をパターン化したうえでSCMシステムとして実装した。これによって,業務の変更に伴うシステム改修は,パターンの選択,すなわちサービスの選択の変更で済むようになった。このため,取引形態の変更,取引先の増加などにシステムが素早く対応できる。取引先ごとにシステムと端末を用意する必要もなくなる。

このSCMシステムは,大手小売業や卸などが試行中であり,2005年第2四半期から本格的に各社がサプライチェーン管理業務に利用する計画である。当社はこのSCMシステムをパッケージ製品として販売し,流通業のサプライチェーンの業務改革に関するコンサルティングも行う。

現在は独自フォーマットが乱立

まずは流通業界におけるサプライチェーンの概略を示す(図2)。スーパーマーケットに代表される小売業は,複数の店舗の売り場で消費者に商品を販売するビジネスである。小売りからの発注を起点にして,物流網を使ってメーカーの生産拠点から店舗まで商品が届けられる。物流網には卸業者が運営するDC(DistributionCenter:在庫機能を持つ物流センター)や,小売りが運営するTC(Transfer Center:在庫機能を持たない物流センター)などが含まれる。

図2

現在のEDI (Electronic Data Interchange:電子データ交換)では,特にEOS( Electronic Ordering System)と呼ばれている受発注業務を中心に電子化したシステムが広く普及しているが,その他の物流や決済にかかわる情報のEDI化は,主に大手企業のみの導入にとどまっている。

受発注のEDI化は進んでいるといっても,通信プロトコルとして主流のJCA手順(注2)は1980年に策定されたもので,通信速度は2400bps(ビット/秒)と遅い。専用ハードは製造中止となりつつあるため,故障時の交換が困難になることが予想される。また,EDIで交換するデータのメッセージ・フォーマットは各小売りの独自仕様が乱立しており,卸やVAN業者は取引相手に応じて個別のデータ変換を行っているのが現状である(注3)。

決済など受発注以外の業務はさらに遅れている。卸やVAN業者は各取引先向けのフォーマットと手順に合わせた数百もの通信アダプターを開発しているが,新しい取引先や取引手段の変更,取扱商品の種類の変化などによって,頻繁にシステムを改修せざるを得ない。例えば,商品が変われば,送り先センターや梱包の形態,送付中の温度などの設定が変わってくる。電子化されずにファクシミリで行われている取引もあり,サプライチェーンが各所で分断されるために,仕入計上と請求書の額が合わないといったトラブルがしばしば生じ,その原因を追究するのもままならないという状況にある。

流通業務をパターン化

流通業界で標準のサプライチェーン・モデルを確立し電子化を進めたいという要望は強いため,これまでも様々な試みがなされてきた。しかし,取引形態があまりにも多種多様なため何を標準とするべきかという指針すら出せていない。

通常,標準というと「ただ一つの従うべき規則」と考える。決め事を作り,それを全員で守ることで相互運用を可能にする。ところが,ビデオテープ(VHSとβ)や次世代DVDの規格を例に出すまでもなく,企業の利害が絡むのは標準化の常であり,まとまらないことが多い。ビジネスモデルの要である取引ともなればなおさらだ。日本の流通業界のサプライチェーンに含まれるプレーヤーは多様で,ビジネスモデルも様々に異なるために,合意にいたるのは難しい。

欧米の電子部品業界のBtoB標準である「RosettaNet」では,長い期間をかけてPIP( Partner Interface Process)と呼ばれる企業間の取引手順を標準化した。PIPは,取引ごとに標準的な取引手順を一つ決め,全体で理想の取引形態を表現している。ただし日本の流通業のように,卸など物流を担う様々なパートナーがいると,取引のバリエーションが増えて取引手順の一本化は困難なものになる。 そもそも,取引のバリエーションは必要があって生じているものであり,それを無視して取引形態を一本化すること自体に無理があるのではないのか----われわれはそう考え,発想を変えた。「選択肢を選ぶことによって各企業の取引を記述可能で,企業が無理なく利用できるモデル」を標準と定義したのである。

図3にこの考え方を図示する。まずわれわれは,サプライチェーンの可能なバリエーションを記述したモデルを作成した。小売業を中心とするサプライチェーンのほぼすべてを考慮しているので,このモデルのなかからパターンを選ぶことによって,企業グループごとの具体的な取引の取り決めを表現できる。ここでは企業グループごとの取り決めを「コラボレーション定義(取引パターン選択)」と呼ぶことにする。

図3

現場の工夫は切り捨てない

図4に単純化したサプライチェーン・モデルを示し,これをもとに企業グループごとに異なるバリエーションをどのように表現するのかを具体的に説明する。

図4の左側は,サプライチェーンの骨格となる構造である。発注者や物流センターなどの役割(ロール)の種類,受発注や入荷・出荷などの取引種別(セグメント),発注数量確定や受注回答などのサービス,発注情報や発注確定情報などのメッセージから成る。この骨格は変わらなくても,各企業のサプライチェーン・モデルの様々なバリエーションを表現できる。なお,ここで紹介するサプライチェーン・モデルで用いているメッセージ名称は,現実の概念を分析して取捨選択・共通化した結果のものであり,各現場で用いられている用語とは異なる場合がある。

図4の右側は,各セグメントで定義される取引パターンの例である。受発注セグメントでは,2種類の取引パターンが定義されている。パターン1では発注者のシステムが「発注情報」を受け取ると,システムは受注者に数量を書きこんで「発注確定情報」を送信する。受注者はその情報をもとに,在庫があれば「出荷予定情報」を受注者の企業内システムに送信して出荷の準備を進める。同時に,「受注回答」を発注者に送信する。発注者は「受注回答」を受け取ると,数量などの「入荷予定」を企業内システムに送信して入荷の準備を進める。

パターン2では,発注者が受注者からの回答を待つことなく「入荷準備」に進むという点がパターン1とは異なる。この手順は,発注すれば必ず入荷されるような商品の場合,リードタイムを短くできるというメリットがある。危なっかしい印象を持たれるかもしれないが,前もって発注者から受注者に対して,必要な在庫を確保してもらえるように,発注予定の情報を伝えていることが多いので,現実には珍しくない。一方で,直前まで予定通り出荷できるかどうか分からない商品の取引で,パターン2を選択すると欠品につながりかねない。

日本の食品流通では,とりわけ鮮度の高さが強く要求されることもあり,リードタイムを短縮するための様々な工夫が時間をかけて蓄積されている。このことがバリエーションを増やしている要因なので,全体最適の名の下に切り捨てるわけにはいかないのだ。

図4

  • 注1:SOAとWebサービス: SOAはWebサービスを使うものと考えられている場合がしばしばあるが,CORBA(Common Object RequestBroker Architecture)などの技術でもSOAを実現することはできる。Webサービスは最新の実現手段と考えればよい。
  • 注2:JCA手順: 日本チェーンストア協会(JCA)が定めたオンライン受発注のための伝送制御手順
  • 注3:VAN: メーカーと卸の間では「業界VAN」が普及している。業界別にメーカー主導でメッセージ仕様が決まっており,卸・メーカー間のEDIは,小売り・卸間に比べると標準化が進んでいる。
  • ※上記は、日経BP社「日経ITプロフェッショナル」4月号への寄稿記事より、一部を抜粋しています。続きは、日経BP社「日経ITプロフェッショナル」4月号をご覧ください。
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